東京地方裁判所 平成8年(ワ)12056号 判決 1997年9月09日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
緒方孝則
被告
株式会社さくら銀行
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
佐藤章
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成八年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が信用情報機関に原告に関する事故情報を提供して登録させたのは違法であるとして、原告が被告に対し、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、株式会社真里谷(以下「真里谷」という)が発行するゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という)の購入資金にあてるため、平成二年八月六日、被告からの約定で八〇〇万円を借り受けた(以下「本件ローン」という)。
(一) 利率 年八・五パーセント
(二) 支払方法 平成二年九月七日に一〇万〇二七五円、同年一〇月以降、毎月七日限り九万九一八八円を一一九回にわたり支払う。
2 原告は、右1(二)の分割金を平成三年一〇月分まで遅滞なく支払った。
3 真里谷はゴルフ場造成工事を中止し、現在倒産している。
4 原告は、平成三年一一月以降、本件ローンの支払いを中止した。
5 本件ローンについて原告の連帯保証人となっていた真里谷は、平成四年二月二一日、被告に対し、本件ローンの残代金を代位弁済(以下「本件代位弁済」という)した。
6 被告は、本件代位弁済後、直ちに信用情報機関である全国銀行個人信用情報センター(以下「情報センター」という)に本件代位弁済の事実を事故情報として提供した。そして、情報センターは、右情報を登録したうえ(以下「本件登録」という)、他の情報機関にこれを事故情報として伝達した。
7 本件ローンの契約書一九条には、「個人信用情報センターへの登録」との表題のもとに、次のとおりの規定(以下「本件本件条項」という)がある。
(一) 借主は、この契約に基づく借入金額、借入日、最終回返済日等の借入れ内容にかかる客観的事実について、借入契約期間中及びこの契約による債務を全額返済した日から五年間、銀行協会の運営する個人信用情報センターに登録され、同センターの加盟会員ならびに同センターと提携する個人信用情報機関の加盟会員が自己の取引上の判断のために利用することに同意します。
(二) 借主は、次の各号の事実が発生したときは、その事実について、各号に定める期間、前項と同様に登録され、利用されることに同意します。
① この契約による債務の返済を遅延したときおよびその遅延分を返済したときは、遅延した日から五年間。
② この契約による債務について保証提携先、保険者など第三者から銀行が支払を受け、または相殺、もしくは担保権の実行などの強制回収手続により銀行が回収したときは、その事実発生日から五年間。
二 争点
1 被告が本件代位弁済の事実を事故情報として情報センターに提供した行為は、原告に対する不法行為となるか。
2 仮に不法行為となるとすれば、これにより原告の被った損害の額。
三 原告の主張
1 本件条項による情報センターへの登録は、原告に不利な情報の登録となるのであるから、被告には本件条項についての説明義務があるというべきところ、被告は原告にこれを全く説明せず、右説明義務を尽くさなかった。したがって、本件条項は例文にすぎず、原告は本件条項に拘束されないというべきであり、本件条項に基づく情報提供は原告に対する不法行為となる。
2 仮に原告が本件条項に拘束されるとしても、
① 所定の返済日から代位弁済までの期間が二ヶ月以上あること、
② 右期間中督促状が二回以上出されていること、
③ 右督促状のうち、最終回の督促には情報センターへの登録注意文言が記載されていること、
以上が情報センターへの情報提供の前提として必要であると解されるところ、被告は右②、③の措置をとっていないから、被告の情報提供は違法である。
3 そうでないとしても、次に述べるとおり、原告の支払拒否には正当な理由があるから、本件条項を適用すべきではなく、それにもかかわらず本件条項に基づいて行った被告の情報提供は違法である。
真里谷は、平成二年ころ、新規事業の失敗や株式投機の損失を補填するため、積極的にゴルフ会員権を販売しており、預かり保証金の食いつぶしによりその経営が破綻することは明らかであった。被告は真里谷と提携している金融機関として、一般消費者に不測の損害を及ぼさないよう真里谷の資産や経営内容、ゴルフ場業者としての適格性等について調査すべき義務があるのにこれを怠り、右のような状況にあって購入者に被害を与えることが確実な欠陥商品である本件ゴルフ会員権を原告に購入させた。したがって、原告は、真里谷に対する抗弁をもって被告にも対抗しうるのであり、原告の支払拒否には正当な理由がある。
4 損害
(一) 原告は、平成八年五月二一日、横浜市保土ヶ谷区にあるマンションの一室を代金四〇〇〇万円で買い受ける契約を締結し、同日、手付金五〇〇万円を支払った。残金の三五〇〇万円については、横浜銀行からの借入れを予定していたが、本件登録により右銀行から借入れを拒否され、やむなく、平成九年一月二一日、個人から三五〇〇万円を期間二ヶ月、利息及び手数料三〇〇万円の約定で借入れ、同年三月二一日、三八〇〇万円を右個人に返済した。
銀行の貸出金利を約五パーセントとすると二ヶ月分の利息は約三〇万円程度である。これに対し原告は、右のとおり銀行借入れができなかったことによりその十倍に相当する三〇〇万円の支払いをした。よって、その差額である二七〇万円は、被告の本件不法行為によって生じた損害といえる。
(二) 原告は被告の本件不法行為により、社会的、経済的な不利益を被るとともに多大な精神的苦痛を受けた。右苦痛を慰謝するには少なくとも一三〇万円をもってするのが相当である。
四 被告の主張
1 本件条項の拘束力について
原告は不動産会社の経営者であって、充分な知識と経験を有しており、そのような原告が本件ローンの契約書に署名した以上は、その契約書を読了し、その内容を了解したものと認められるべきである。また、銀行との間のローン契約に基づく債務を履行しなかった場合には、個人信用情報センターに登録されるに至るということは世間一般周知の事実であるばかりでなく、原告は本件ローン以前に、情報センターに登録されているために三和銀行から融資を断られた経験があったのであるから、被告から特に説明を受けなかったとしても、そのような原告が本件条項の拘束力を否定することはできない。
なお、ローン債務不履行の前歴があるか否かということを事前に知ることは金融業務において不可欠なことであり、その重要なことは多言を要しないから、情報センターに対する登録を定めた条文が単なる例文にすぎないということはありえない。
2 情報センターへの情報提供の要件について
原告が情報センターへの登録の要件としてあげる①ないし③の手続は、各銀行の銀行協会に対する義務であって、ローン債務者に対する義務ではない。したがって、そもそも原告が右手続の瑕疵を主張して被告に損害賠償を請求することはできない。
しかも、本件においては、被告は右①ないし③の手続を履践しているのであって、その点について原告から非難されるいわれはない。
3 原告の支払拒否の正当性の有無について
原告の主張3のうち、法的主張は争い、事実は否認する。
4 損害について
原告主張4のうち、(一)は不知。(二)は否認する。
第三判断
一 争点1について
1 本件条項の内容は、それ自体明確であり、一読すれば了解可能なものであるうえ、ローン契約に通常伴うものとして一般にも知られているものである。したがって、被告には本件条項について原告に対し特別の説明義務はないと解される。
そうすると、被告が原告に本件条項の説明をしなかったとしても、本件ローンの契約書に署名した以上、原告は本件条項の内容を了承したものとして、本件条項に拘束されるというべきである。
したがって、本件条項の拘束力がないことを前提とする原告の主張は理由がない。
2 情報センターへの情報提供の要件について
≪証拠省略≫によれば、全国銀行協会連合会及び情報センター作成の「全国銀行個人情報センター規則・事務取扱い要領」には、会員たる銀行が代位弁済情報を情報センターに提出するには、原則として、①所定の返済日から代位弁済までの期間が二ヶ月以上あること、②右期間中督促状が二回以上出されていること、③右督促状のうち、最終回の督促には情報センターへの登録注意文言が記載されてること、という三つの基準を満たさなければならないと定められていることが認められる。
しかし、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、右規定は、全国銀行協会連合会及び情報センターの内部規定にすぎないものと認められる。
したがって、右規定が直接原告と被告の関係を規律するものでないことは明らかであり、原告は右規定違反を根拠に被告の行為の違法を主張することはできないというべきである。
3 原告の支払拒否の正当性について
真里谷の経営状態についての原告主張事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張事実を前提として、原告の支払拒否には正当な理由があったとする原告の主張は採用できない。
二 以上によれば、原告の本訴請求は理由がない。
(裁判官 庄司芳男)